松坂大輔、ダルビッシュ有、そして2014年は田中将大がメジャーへ挑戦を果たした。 そんな中、日本のプロ野球界を担う次世代のエースとして期待されるのが、4月12日に20歳を迎えた阪神タイガース・藤浪晋太郎投手だ。 大阪桐蔭高等学校時代、藤浪はエースとして春夏の甲子園連覇を達成。2012年、地元・阪神タイガースにドラフト1位として入団。その翌年3月31日に初登板を果たし、ルーキーイヤーは堂々としたピッチングで、数々の記録を打ち立てた。プロ2年目の今シーズン、名実ともに阪神タイガースの看板として更なる飛躍が期待されている。 番組は昨年11月から密着をスタート。藤浪は“侍ジャパン”の台湾遠征を辞退し、チームの秋季キャンプに参加した。キャンプ中、藤浪は独特の「インステップ」と呼ばれるフォームの改造に着手。彼自身がカメラの前で初めて自らのフォームの分析などを行う姿に迫り、“投手・藤浪晋太郎”を大解剖する。 また、オフシーズンの藤浪にもカメラは密着した。ラジオ出演や初めてのCM撮影現場などの野球を離れて行った仕事。そして彼の素顔を垣間見ることの出来たチームの先輩との食事会など、これまでテレビでは見る事の出来なかった“人間・藤浪晋太郎”の魅力にも迫る。
未踏峰・未踏ルートにこだわり、世界が驚く数々の新ルートを制覇してきたトップクライマーの平出和也。2009年には登山界のアカデミー賞とも言われる「ピオレドール賞」を日本人として初めて受賞。また、自らの登攀映像を撮り続け山岳カメラマンとしても世界的に活躍する39歳だ。 去年の夏、平出は実に15年間にわたって挑み続けてきたパキスタン・カラコルム山脈の「シスパーレ」に4度目の挑戦の末、成功。北東壁に新たなライン(ルート)を引き、その難易度と執念が、世界からも絶賛された。 あれから1年・・・平出は燃え尽きていた。シスパーレのように、全てをかけて挑めるような山が、今後見つかるのだろうか・・・? 番組では、再びパキスタン・カラコルム山脈を訪れた平出に密着する。彼が「次なる山」として見据えているのは、標高8611m、世界第2の高さを誇る「K2」だった。高さこそエヴェレストよりも低いものの、厳しい気候条件や雪崩、滑落の危険性から世界で最も登るのが難しいとされ、遭難者が極めて多いことから「非情の山」とも呼ばれている。 平出はこの6月から1ヶ月、K2の偵察に入った。いまだ誰も登ったことのない西壁からの新ルートを見つけるためだ。衛星写真以外では、殆ど資料や写真がなく、登ってみないことにはその姿を目にすることは出来ない。果たしてどんな場所なのか・・・天才クライマーが挑む「K2」の知られざる姿と、平出の果てしない挑戦の人生を追った。
鉄道シミュレータ開発者/向谷実▽伝説的フュージョンバンド『カシオペア』元キーボード奏者にしてカリスマ鉄道マニア!JR東日本と共に世界最大の鉄道見本市に挑む!!
今、プラネタリウムは"すんごいこと"になっているそうだ。 かつて、科学館のドーム型の天井に投影された数千個の星を見ながら星座の解説を聞くというのが主流だったがそれは遠い昔の話。もちろん最近のプラネタリウムでも星座の解説はしてくれるが、今では以前の1000倍以上にあたる数千万から1億個という圧倒的な星の数と最新の映像をかけあわせることで、世界中、いや宇宙のかなたで星を見ているかのような超リアルでダイナミックな星空体験が出来るようになっているのだ。さらには軽くて小さな投影機も開発され、自宅やBARなどでも満天の星空を手軽に楽しむことが実現した。 この驚くほどの進化の陰には、プラネタリウム・クリエーターの大平貴之の存在がある。20年前、たった一人で150万個もの星を投影できるプラネタリウム「MEGASTAR」を制作し世界中の度肝を抜いた。その後も斬新な発想と技術で開発を続け、560万個の星の投影を実現してギネス記録に認定を受けたり、現代だけでなく約50万年前の星空を再現するなど常に新たなプラネタリウムを生み出し続ける48歳だ。 番組では今回、子供たちの夏休みにあわせて新しいプラネタリウムを制作する大平に密着。 「どうやったら見る人を驚かせられるか?」を常に意識し、誰も見たことがない星空を生み出していく様子をカメラが追った。勿論、「どうやってあんな満天の星を映すの?」という素朴な疑問も明らかに。 更に、大平が長年抱いていた「街を覆うくらいのでっかいプラネタリウムを作りたい!」という夢を実現させるために、今までとは全く違った発想で独自のプラネタリウムを作り始める瞬間も目撃した。プラネタリウムの革命児と呼ばれる男はこのプロジェクトを、「世界初、世界一です」と胸を張る。冬の街角で一体どんな夜空を浮かび上がらせるのだろうか?
オレンジ色の光にぽっかり空いた黒い穴...今週、人類史上初めてブラックホールの撮影に成功したというニュースが世界中を駆け巡った。直径約1000億㎞で周囲の温度は60億度以上という途方もないサイズ感も含め、宇宙のロマンを感じた方も多かっただろう。 銀河系内の天体が発する電波をもとに、地球からの距離や天体の動きを高い精度で計測する最新の「電波望遠鏡」を世界各地で繋いで地球規模の巨大観測システムを構築し、ブラックホールの姿を明らかにするという今回のプロジェクトは成功すればノーベル賞とも言われて来た。 番組では日本人天文学者としてプロジェクトで活躍してきた本間希樹(ほんま・まれき)に2年4カ月に亘って長期密着し、歴史的快挙を成し遂げたプロジェクトの舞台裏に迫る。 「見えない宇宙の中でも究極に"見えない"のがブラックホールですよね。簡単に見えないからこそ面白い。人間はなんでも"見えないものを見たい"という好奇心から始まるじゃないですか」 はるか宇宙の彼方5500万光年先の「暗黒天体」を直接見る力を手に入れた研究者たちが、最先端の天文学によってまだ誰も見たことの無いブラックホールの謎を解き明かすまでの一部始終をカメラが追った。
今、巷では空前のアウトドアブーム。 中でもハリケーンランプはキャンプの夜には欠かせないアイテムとして人気がある。嵐の夜でも消えないことから、そう呼ばれるそうだ。 大阪・八尾市の小さな町工場に予約5年待ちのハリケーンランプを作る女性職人がいる。別所由加、31歳。大正時代に日本で初めてハリケーンランプを製造した曽祖父の会社を5代目として受け継いだ。「自分のが一番カッコいい」と自画自賛するランプは、1世紀変わらぬ伝統を守りながら、現代のインテリアにも馴染む。ステイホームの癒しアイテムとしても評判を呼び、注文は日に日に増え続けている。だが工場の職人は別所1人だけ。完成までおよそ300もの工程を必要とするため、2~3ヶ月に50個のランプを作るのが限界だ。数十年前の古い機械や道具を使ったランプ作りは、毎日がトラブルの連続だった。 別所は20歳の時、大学を中退してランプ職人として生きる道を選んだ。家族の反対を押し切ってまで貫いた決断の原点には、幼い頃に刻まれた辛い記憶がある。今でこそ彼女のサポート役である70歳の母も、当時は家業を継ぎたいと言う娘に強く反対したという。家でも工場でもいつも一緒。毎日の会話が"親子漫才"のような母と娘は、苦楽を分かち合ってきたからこその絆で繋がっていた。 職人として11年。予約待ちの客は年々増えているが、「ブームはいつか終わる」と最近はハリケーンランプに変わる新作ランプの試作にも打ち込んでいる。 「世の中が大変な時こそ、見る人の癒しになる灯りを作りたい」 そう笑うランプ職人のひと夏を追いかけた。
どもから大人まで日本中を巻き込んだ「パプリカ」。米津玄師が初めて踊りを披露したMV「LOSER」。土屋太鳳が狂気を帯びたダンスを披露したSiaのMV「アライヴ」。これらすべての振付を手掛けたのが、辻本知彦。MVにとどまらず、CMや舞台、ツアーの振付など、今、ひっぱりだこだ。 しかし、辻本の振り付けは、誰が見ても「これは辻本の振付だ」とわかるようなものではない。というのも、辻本は踊り手ひとりひとりとじっくり向き合い、その踊り手を深く理解した上で、その人に合った振付を生み出していく。そのようなアプローチにより、踊り手本人すら気づかなかった新たな魅力が引き出されるのだ。 辻本自身は、シルク・ドゥ・ソレイユに日本人男性ダンサーとして初めて起用されるなど、圧倒的な存在感を放つダンサーだ。しかし、今、仕事の大半が振り付けで、自ら踊る機会が少なくなっている。 そんな中、今年8月。辻本が、森山未來らとともに2010年に立ち上げたパフォーマンスユニット「きゅうかくうしお」で、新たなパフォーマンスを企てていた。コロナ禍で劇場という場所での上演機会が減っていく中、空間という"場"さえあれば、そこで何かできるのではないか、と以前から考えていたのだ。 辻本たちは、ユニットのメンバーの一人が持つ山を自身たちで開拓。そこに"場"を作り、自分たち自身の手でパフォーマンスを行うという。果たしてどんなパフォーマンスが生まれるのか―。
独自の視点から東京を撮り続けて、約30年。 中野の名を一躍有名にしたのは、2000年に発表された「TOKYO NOBODY」だ。 その写真には、誰も見たことのない東京の姿があった。 誰もいない東京の街。水辺から見上げた東京。窓から見た生活の中にある東京。 写し出されたそれぞれの作品は、不思議と見る者の想像力を掻き立てる。 2004年に発表された写真集「東京窓景」では、木村伊兵衛写真賞を受賞。49歳で最年長受賞者となった。 ただ、それらの写真が2020年、猛威を振るうコロナウィルスによって現実のものとなった。街からは人の姿が無くなり、在宅により窓から眺めるしかない外の景色。中野は言う「写真には不思議な力がある、何故か予言の書のようになってしまった」と。 2020年、夏。猛暑が続く中、主流のデジタルカメラではなく大判と言われる大きなカメラを担ぎ、汗だくになっている中野がいた。 「この中に風景を閉じ込める。そして、どこを見るかはその人に委ねる」 不思議な力がある観る者を惹きつける写真のシャッターを切る瞬間を取材した。
黄金色に輝く玉子チャーハン、ビールにぴったりの絶品焼き餃子...。 中国人の店主・朱徳平(しゅ とくへい)の「兆徳」は、昼も夜も行列の絶えない、いわゆる町中華の名店だ。 創業25年。サラリーマンばかりでなく、女子高生や家族連れなど地元の老若男女に愛されてきた。昭和平成の名人と言われた落語家の古今亭志ん朝も、寄席へ行く前に餃子とチャーハンを求めて通ったそうだ。今も人気俳優や有名企業の社長がお忍びでやってくる。 なぜそこまで人気なのか。取材で見えたのは、毎朝行う丁寧な仕込みと、朱徳平のホスピタリティだ。餃子は毎朝仕込む。多い時にはその数1000個。使うキャベツは柔らかいものを求め、季節ごとに産地を変え、餡にはチャーシューの煮汁も入れる。 意外にも、朱徳平が料理を覚えたのは30年前に来日してからだそうだ。中国では河南省の役所で財務課長を務める国のエリート、料理とは無縁だった。結婚して来日後、生活のために中華料理店でアルバイトを始め、料理をイチから覚えた。朱徳平は言う「うちの中華は中国の味ではなく、日本の味なんです」と―。 二度来た客の顔は覚え、好みのメニューも忘れない。客の中には、創業以来25年間通い続ける客もいる。 客のお腹もココロも満たす店。コロナの影響も受けながら懸命に鉄鍋を振るう店主・朱徳平のアツい日々を追った。
新型コロナウイルス感染症が日本で拡大してからおよそ半年。現在まで国内の感染者は8万人以上、死者1500人以上に達するなど、余談を許さない状況が続いている。忽那が勤める国立国際医療研究センターは、国の感染症対策の中核を担ういわば本丸。忽那は、中国・武漢からのチャーター便の帰国者対応や、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」号の患者受け入れなど、発生直後からコロナ対策の最前線のリーダーとして新型コロナ感染者への治療にあたってきた。 第二波のピークを越え、"Withコロナ"が定着しつつある中で、街には人の往来が戻りつつある。だが、忽那たち医療従事者が危惧するのは、今冬にも来ると思われる第三波だ。いまだ確かな治療法がなく、ワクチンもない中で忽那が第一波の最中から研究を始めていたのが、コロナ感染から回復した患者から新型コロナウイルスに効く抗体を取り出す「回復者血漿」。日本初の試みとして期待を集めている。9月、倫理委員会の審査が終了し、ようやく臨床研究が始められるようになった。 今回は、忽那たち国立国際医療研究センターの半年を振り返り、「100年に一度の感染症災害」に立ち向かう忽那たちの模索の日々、感染症医の最前線の現場に迫る。
東京・青山のキラー通りから少し奥まった場所にたたずむ3階建てのビル。目立った看板はないがそこに予約の取れない美容室がある。サロンの名はTWIGGY. 40人以上のスタッフを率いるのはオーナースタイリストの松浦美穂。 女優のりょうや黒木華、アーティストの木村カエラ、モデルのヨンアなど、同性も憧れるファッションリーダーたちから絶大なる支持を得ている。予約3ヶ月待ちは当たり前、そこまで待ってでも松浦に切ってもらいたいと思うのには理由がある。 松浦はお客一人ひとりと会話して、その職業、ファッションの好み、生活スタイルなど 事細かく情報を集め、そこからその人に合うヘアスタイルを導き出し、提案する。 「美容室に行ったその日だけヘアスタイルがキマる」と言うのはよくあることだが、松浦が切った髪は形状記憶したかのように、簡単なブローだけで切ったその日のヘアスタイルを再現することができる。卓越した技術のなせる技だ。 また、松浦との会話を楽しみにしているお客も多く、子育ての相談から、仕事の悩みまで受け止めてもらい、心と体を癒し、まるで楽しい小旅行を終えたかのように笑顔で帰っていく。 「死ぬときは夫婦一緒に死にたい」と明言する松浦の夫は「美穂はエースピッチャー、私は家庭を守るキャッチャー」と言い、専業主夫として妻を支えている。 美容業界のトップランナー松浦、だが「このままでは美容業界はダメになる」と警鐘を鳴らす。彼女が描く未来の美容業界とは...。
タッチパネルに直接触れることなくチケットなどが買えたら...。コロナ禍にあって、感染防止の観点からも世界的に大きな注目を集めている空中ディスプレイ技術。今回の主役は、その開発者、大坪誠。大坪が設計した特殊な「3Dプレート」を使えば、空中に自在に映像を浮かび上がらせることが出来る。番組は、その原理をわかりやすく紹介するとともに、周囲から「天才」と呼ばれる大坪の日々にカメラを向けた。 そもそも空中ディスプレイを思いついたのは新幹線の車内だった。車窓を流れる景色を、別の場所で見ることが出来たら楽しいだろうと考えたことが発端だったという。大坪は自ら空中ディスプレイの基本を実験して見せてくれた。なるほど、空間に立体感あふれる映像が浮かび上がる。だが、机上の設計を商品化することは容易くはない。すでに実用化は始まっているものの、さらに精度を上げるためには、まだまだ高い壁があった。企業秘密だらけの工場には、大坪と若きスタッフたちの闘いがある。 SF映画の世界を現実に引き寄せる男でありながら、スマホの扱いは不得手。アイデアを守るために特許の取得に奔走する姿には、天才ならではの苦労が覗く。 今をときめく技術を操りながら、家に帰れば熱狂的な広島カープファンに早替わり。かつて事業に大失敗し、何もかも失ったという大坪は、目下独り暮らし。その姿には、ちょっぴり切なさも滲んでいた。 日常の何気ない瞬間から閃きを得る天才は、飄々とした65歳。世界を変える画期的な技術を開発した大坪だが、まだ世の中にないアイデアを持っているらしい。あくなき夢の実現に向かって進む技術者の素顔に迫る。
地元の農業がイノシシ被害で壊れてしまうかもしれない」 そんな危機感から、立ち上がったグループがある。熊本の若手農家たち約130人で組織され、自らを「農家ハンター」と名乗る。野生動物による農作物被害は、近年、イノシシ・シカだけでなく、クマやサルも多い。農作物に被害を与える「食害」だけでなく、車との接触や人とぶつかる「事故」が増えてきている。 この問題に対して、農家ハンターたちは捕獲ワナの見回り負担を軽減する通信装置を導入。インターネットで捕獲の仕方やイノシシの生態を把握して、SNSを通じて成功だけでなく失敗をも共有することで、プロの猟師も驚く捕獲実績をあげてきた。さらに、捕獲場所を自動で3Dクラウドマップ化し、ビックデータのようにイノシシの捕獲・出現状況からワナの位置を考えるシステムの運用もはじめた。 このようなハイテク技術を取り入れたメンバーが、各地方に農家ハンターとして散らばることで、地域のハブになる仕組みだ。特に、着目すべきは、これらのイノシシ対策がNPOや行政などが主導したものでなく、農家である当事者が考え、実行しているということ。 番組では、手弁当でこの活動を続けてきた2人のリーダー稲葉達也と宮川将人に密着。稲刈りがはじまり、名産のみかんやデコポンが収穫の時期をむかえる頃、冬支度のために栄養を求めて人里に降りてくるイノシシに立ち向かう。 「熊本から日本を、農業を元気にしたい」 「農家」と「ハンター」を両立できる先進的なモデルとして、国内だけでなく国連からもSDGs事例としても注目されている最先端の取り組みに迫る。
コロナ禍にもかかわらず、驚異の9か月待ち鮨店。東京・阿佐ヶ谷で「超コスパの良い店」として名を馳せていたが、2年前の春、日比谷に進出。3万円超の強気の価格設定で勝負に出たのは、鮨職人・難波英史。自らの仕事を一から見つめ直し、全てのネタは温度管理に徹底的にこだわった。シャリもネタに合わせて温度を変えていき、最高の状態に。 「鮨には魔力がある」と語る、“すしオタク"である、難波。有名店での修業経験がモノを言う鮨職人の世界にあって、“町のすし屋"を転々と…。知識だけは負けまいと、あらゆる資料をかき集め、一人試行錯誤を繰り返した。孤独とコンプレックスを抱えながらも、あくなき向上心で至高の鮨を目指す。 ――その原点は、意外にも十数年前に客から言われた“ある一言"だった。その生き様とは
映画、ドラマ、バラエティ、ラジオなど、今あらゆるメディアに引っ張りだこのHIPHOPユニット「Creepy Nuts」。MCを務めるR-指定は、日本最高峰のMCバトルで3連覇を達成。またDJ松永も、2019年にロンドンで行われたDJ世界一を決める大会にて優勝。業界屈指のスキルを持つこの2人だからこそ実現できる、唯一無二のライブパフォーマンスでファンを魅了している。 番組では、2人それぞれの得意技を紹介しながら、人気のヒミツを覗き込む。R―指定が日本一に輝いたフリーラップのパフォーマンスは圧巻。またDJが世界を制した超絶技巧の一端も披露してくれた。どこかユルい2人の私生活は、ともにユニークそのもの。実家での様子には思わず笑ってしまう。 もともと大阪(R-指定)と新潟(DJ松永)で別々に活動していた2人だが、全国の10代のDJ・ラッパーを集めるイベントにて出会い、意気投合。友達の流れから、どちらかが組もうと言うこともなく、ぬるりと2013年に「Creepy Nuts」を結成。誰もが認める実力を持っているのにも関わらず、2人は至って謙虚。不良なイメージが世間的には強いHIPHOPPER、なのに2人とも「お酒が飲めない」「腰が低い」という特異なキャラがお茶の間に受けている。そんな2人のHIPHOPへの偏愛っぷりは周囲を驚かせる。 ラップが好き過ぎて大学から除籍となったR-指定と、DJが好き過ぎて高校を中退したDJ松永。HIPHOPへのただならぬ愛がひときわ強い2人の魅力に迫る。
幅広い世代で人気を誇る『鬼滅の刃』。10月に公開された「鬼滅の刃 無限列車編」は、公開1ヶ月を迎えるが、客足は途絶えることなく盛況が続く。主役の竈門炭治郎役を演じるのが、声優・花江夏樹。2011年に声優デビューして以来、数々の人気アニメの主演を務め、2019年には第14回声優アワードで主演男優賞を受賞。透明感のある声と、喜怒哀楽の機微を表現する演技力に定評があり、いま声優界を牽引する人気声優の1人だ。 そんな花江の素顔は、「人見知り」「なるべく目立ちたくない」...。撮影初日から、実は映像に映るのも苦手と言いながら、取材が始まった。しかし一方で、「新しいことには、なるべく挑戦する」というのをモットーとしており、声優業を軸に、様々なことに挑戦をしている。ラジオや、歌、番組のMC...時には舞台に上がって漫才まで。声優界では先駆けて、YouTubeにも挑み、ゲームの実況動画などをアップし、チャンネル登録数は178万人(2020年11月現在)を誇る。 この秋、人見知りの花江が、カメラを自宅に招き、普段見せない素顔を見せてくれた。趣味のものや愛猫に囲まれて、ポツポツと今思うことを語りだす。 また、双子の女児が生まれ、人生初の経験となる子育てが始まった。 全ての経験が、ゆくゆくは自分の演技力につながり、声に宿る...新たなステージで、子育てと声優業に邁進する、花江の挑戦を見つめた。
スマートフォンさえあれば、いつでも無料で授業が受けられる。 "教育YouTuber" 葉一(はいち)は、2012年の初投稿から8年以上、自宅で撮影した授業動画をYouTubeに投稿し続けている。今までに投稿した動画は約3400本。登録者数112万人、総再生回数は3億回に上る(2020年11月現在)。対象は小学3年生から高校3年生まで。数学を専門としているが、中学は主要5教科に対応している。 新型コロナによる一斉休校で、授業が受けられない状況が続いていた今年、葉一の投稿する授業動画は世代を超えて話題となった。授業を受けたい10代のユーザー、授業を受けさせたい保護者、授業をしたい教員が、今それぞれ葉一の動画を参考にしている。 恩師から招かれた女子高では、アイドル顔負けの人気ぶり。サイン攻めにあう姿には私たちも驚いた。そこまで支持されるヒミツはどこにあるのか...番組では例題を参考に成績アップに結びつく、葉一の指導法も判りやすく紹介する。 「子どものなりたい職業」の上位に上がることが多いYouTuberだが、動画作りは極めて泥臭い。板書はホワイトボードに手書き、一文字を4センチ四方に収め、問題文の水平が2ミリでもズレると書き直す。授業のライブ感を重んじるため動画編集はせず、ミスをすると一から撮り直し。途中でカットも入れないため、終了後には酸欠状態になることもあるという。「ここに生徒がいるんです!」と、ハンディカメラに優しく触れながら話してくれた。 YouTubeは、学校・塾に続く新たな学習の「柱」になり得るのか? 教育の常識を覆そうと奮闘する、古参YouTuberの知られざる姿を追った!
「女子プロサッカー選手が男子チームに移籍」 今年9月、元なでしこジャパンの永里優季が発表した決断は驚きをもって伝えられた。 アメリカNWSL『シカゴ・レッドスターズ』から神奈川県社会人2部リーグ『はやぶさイレブン』に3か月間の期限付き移籍。 世界が驚く挑戦、だが彼女は当たり前のように言う。「昔から男子チームでプレーしたいと思っていた」と。 もともと、興味を持ったものは突き詰めたい性格。この決断に至った理由は、スピードやフィジカルで勝る相手と競うことでサッカーの技術を磨く、ただそれだけだ。 グラウンドを出れば、音楽やイラスト、動画編集など多趣味な横顔を見せてくれる永里。 アメリカではバンドを組み、ドラムを担当。職業は「プロサッカー選手ではなくアーティスト志望」だと笑うが、本格的に取り組んでいる。 「ドラムは両手両足違う動きをするからサッカーに活きる」と熱く語る。少女時代から26年間サッカーに魅せられ続けているのだ。 女子サッカー選手、前代未聞の移籍。男子と厳しい練習を共にして永里は6試合に出場した。 果たして結果を残すことができるのか、そして彼女は何を得たのだろうか。 その挑戦の日々を見つめた。
鳥取市の商店街にミシュランで2つ星を獲得した店がある。カニ料理の『かに吉』だ。 主人・山田達也は、カニ料理を極めた料理人だ。極上のカニをさまざまな味わいで供する技巧は"魔法"と称される。その魔法にかかりたくて、客は全国からやってくる。 松葉ガニの水揚げでは有数の兵庫県浜坂漁港。 山田は毎朝7時、その日捌く分だけのカニを仕入れる。漁師とのコミュニケーションを大切にし、常に最高ランクの松葉ガニを選ぶ。 卓越した目利きは、もともと仲買を担っていた母・満子さんゆずりだ。 そんな2人は大の相撲好き。時には母子で相撲談義に興じることもある。実は、山田はかつて相撲の道を志したこともあった。 今は、カニ料理という土俵で押しも押されもせぬ横綱を張っている。 山田は云う、「素材がいいだけじゃダメ。さらに高めたい」と。 料理は、客の目の前で、自ら仕上げる。カニすきは、素材を生かすも殺すも火入れひとつだという。蟹爪は一時に茹でず、何度も出汁にくぐらせ絶妙に花開かせた。 一日中、カニのことを考えているという山田。オリジナリティにも定評がある。 『カニ素麺』『カニ味噌のルイベ』『カニのサンドウィッチ』・・・、いつでも驚かせてくれる。 30年間、カニと向き合ってきた山田が次に目指すものとは? カニ料理のその先を追い求める料理人の姿を追った。
漫画・アニメなどのキャラクターに扮するコスプレ。 えなこは、日本で最も注目を集めるコスプレイヤーだ。同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」での撮影会では、毎回凄まじい数のファンが集まる。えなこを囲む巨大な輪は「えなこリング」と呼ばれ、コミケの風物詩にもなっている。 えなこは、多くの人が趣味として楽しむコスプレを職業にした。主な収入は、モデルだけでなく衣装のデザインから編集までも自分で行う写真集の販売。その売り上げ金額は数千万と公言している。 えなこのコスプレには、キャラクターの生みの親である漫画家も信頼を寄せている。昨年、ドラゴンボールやうる星やつら、ONE PIECEなど人気漫画から公式に版権許諾を得た異例の写真集も出版。漫画家・桂正和は「どんなコスプレをしても違和感がないのが凄い」と絶賛する。 最近では、CMや、歌など活躍の場を広げた。彼女のグラビアが掲載されると雑誌の売り上げが10%も伸びるそうだ。 カメラは写真集制作の舞台裏をつぶさに取材。まず驚いたのはメイク風景だ。ファンも知らない「すっぴん」の彼女、まつげは全て抜いてあるのだという。いったいなぜ?さらに、撮影では自らカメラマンに構図を細かく指示を出す。撮影段階で、写真集のレイアウトが頭の中にあるのだという。そこには妥協を許さないクリエイターとしての姿があった。 また、取材では漫画やアニメへの思いの強さも見た。愛読する漫画『BEASTARS』のキャラクターに扮した撮影では、作者の板垣巴留が現場に立ち会うことに。目の前に憧れの漫画家がいるという喜びと緊張の中、撮影を終えたえなこ。板垣からの感謝の言葉に思わず...... 職業としてのコスプレイヤーに前例はない。 「私、何者でもないんですよ」衣装を脱いだ彼女はあどけない顔ではにかむ。 道なき道をゆく26歳の日々を追った。
熊本県熊本市にある福田病院は、日本一赤ちゃんが産まれる病院。年間出生数は約3600人で、10年連続1位。毎日10人前後の新しい命が誕生している。 産婦人科のスタッフの中で、今まで2000人以上の赤ちゃんを取り上げたのが助産師のリーダー福江恭子。その〝ゴッドハンド″に、福江を指名する妊婦も多い。夜勤の福江が、深夜0時過ぎに陣痛の始まった妊婦の背中をさすり続け、朝6時の出産までつきっきりで励まし、赤ちゃんを抱いた母親が感謝と感動の涙を流す場面にも遭遇した。 そんな福江に信頼を寄せるのが、医師の新堀曜子(44歳)。病院理事長で産婦人科医・福田稠(74歳)の次女で、自宅も病院内に構え、いつでもお産に立ち会えるよう24時間臨戦体制を敷き、緊急時には一番乗りで駆けつける。 そんな新堀に、救急母体搬送や緊急帝王切開を要する妊婦が次々に現れる。コロナ禍で不安の中、夫の立ち会いも出来ない状況で、一人で出産に挑む妊婦を、新堀はじめ産婦人科チームはどのように新しい命の誕生を迎えるのか・・・。 さらに、出産を終えた後、病院内のレストランでローストビーフを堪能し、エステで癒される新米ママたちの表情や、赤ちゃんとの対面で涙する新米パパ、初孫を抱くおばあちゃんの感動の姿もカメラは捉えた。 2020年、コロナ禍の冬。日本一赤ちゃんが産まれる熊本・福田病院産婦人科で働く医師・助産師・看護師の奮闘に迫る。
「君のドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」 去年の春、無名の青年が歌うそのフレーズは2020年を代表するヒット曲となった。 高校の先輩と2人で作った動画はYouTubeで1億回再生を突破。芸能人らによるパロディも話題となり社会現象となった。 事務所にも所属せず、ハンバーガー屋でバイト生活をしていた瑛人の世界は一変。 TV番組、ミュージックビデオ撮影やライブと、初めてづくしの2020年を走り抜けている。 シンガーソングライターとはいいながら、実は人前でギターを弾くのが苦手。楽譜も読めないという彼の曲作りは"即興スタイル"だ。詞とメロディーを同時に感じるまま歌い、スマホに録音する。あのドルチェ&ガッバーナのフレーズも友達と遊んでいる時にふと生まれたと言う。試しに「情熱大陸」をテーマに一節お願いしてみると、ノンストップで4分半もの曲が生まれた。 「香水」は瑛人という存在を世に広めた。しかし一方で、簡単には越える事のできない壁にもなった。次の作品は注目される一方、批判の的にもなりかねない。しかし彼に気負いはなかった。「一発屋と言われることもビビってない」と笑顔で話す。 今回、番組では自身初のCDとなるアルバム制作現場を取材。なぜか今も在籍しているバイト姿や、紅白への出場決定を告げられる貴重な瞬間にも遭遇した。 取材を始めて間もない頃、彼はカメラの前でこう言った。 「情熱がこんなにない人の情熱大陸ってあるんですか?」 その言葉はイマドキの照れ隠しか、それとも...。
言わずと知れたパン激戦区、神戸。そこで89年間、愛され続けるパンがある。フロイン堂の食パンだ。しっかりとした外側とは裏腹に中はふわっと軽く、また、鼻に抜ける小麦の香りが実に香ばしい。 そんな絶品を作っているのは、去年米寿を迎えた竹内善之。フロイン堂の2代目店主だ。今も店の厨房に立ち続ける88歳は、先代からの製法と味を守り続けている。 生地はミキサーを用いてこねるのが一般的だが、竹内は全て手でこねる。手から伝わる、粘り気や硬さ、温度などの繊細な情報を基に、こねる時間や水分量を調整して最高の生地を作り上げていく。 そしてもうひとつ。竹内の食パンで欠かせないもの、それがパンを焼く窯だ。戦争でも阪神淡路大震災でも壊れることなく、今なお現役の、通称「奇跡の窯」。竹内の相棒だ。竹内の手によって育てられた生地を、最高の食パンに焼き上げてくれる。 そんな「古き良き」を守り続ける竹内だが、休日はパソコンの前に座り同世代の友人たちとリモート会話を楽しむ意外な横顔も―。 「パン作りは私にとってラジオ体操みたいなもの。毎日かかさずやり続けるんです」 そう笑う88歳現役パン職人を追いかけた。
今年1月7日。2度目の緊急事態宣言が発出された。 国内の新型コロナウイルスの感染者数は35万人を超え、重症患者数が1000人を上回る日もある。事態は第一波の時より深刻化し、予断を許さない状況が続いている。情熱大陸は去年4月以降、医療や研究の現場で新型コロナウイルスの脅威に立ち向かう人たちに随時カメラを向けてきた。 今回は、ウイルス研究と医療現場の最前線にいる3人に改めて緊急取材を申し込んだ。 ウイルス学の世界的権威である東大医科学研究所の河岡義裕、聖路加国際病院の看護師で感染管理のエキスパートである坂本史衣、国の感染症対策の中核を担う国立国際医療研究センターの感染症医である忽那賢志。 今、現場で未知のウイルスに挑む彼らは、何を思い何を語るのか―。
「とんねるずは死にました」 去年、石橋貴明のこの言葉は世間をざわつかせた。冠番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」が終了したのが3年前。前身の番組を含めて30年続いたこの長寿番組が終わり、「とんねるず」としての露出がなくなったことを受けての発言だった。 「テレビから戦力外通告を受けた」と感じた石橋だったが、笑いの神は彼を見捨ててはいなかった。 懇意にしているディレクターとYouTubeで「貴ちゃんねるず」を配信開始。テレビで見せてきた破天荒な芸風は健在で、チャンネル登録者数は瞬く間に100万人を突破した。 番組では、アドリブで笑いを生み出す動画制作の現場に密着。石橋の実力を垣間見る。 さらに、再開した音楽ユニットそのライブの舞台裏や苦手な雑誌モデルの現場にも同行した。カメラはその素顔に迫ろうとするが「俺の素なんてつまらないよ」と嘯く石橋。 だが、若い頃に一度だけ夢を諦めかけ、木梨憲武にコンビ解消を持ちかけた公園に案内してくれた。 今年還暦を迎え、また息を吹き返した稀代のエンターテイナーが分析する自分自身のこと。 そして、これからの夢とは...。
わずか3%。これは昨年4月、コロナ第一波による緊急事態宣言下、国内でテレワークの必要性が叫ばれた中での、全国1700自治体のテレワーク実施率だ。住民サービスを支える自治体職員の殆どが、実は"テレワーク難民"だったのだ。感染拡大がつづくいま、このままでは円滑な行政サービスが止まるかもしれない。 登大遊(36)は、経産省傘下の外郭団体「情報処理推進機構(IPA)」のサイバー技術研究室室長として、地方自治体のネットワークを所轄する、総務省の外郭団体などのサイバー技術開発者とタッグを組み、「自治体テレワークシステム」を開発するプロジェクトのリーダーを務めた。登がシステムを開発するために書き上げるのは約20万行という膨大なプログラム。たった1文字のミスが大規模なエラーを引き起こしてしまう。緻密なテレワークシステムを網羅する頭脳を備える"イマドキ理系男子"の風貌だが、意外にもその口癖は古風な「けしからん!」。どんな壁であろうとも「けしからん!」精神で粘り強く乗り越えていく。番組では、同僚が「一般のプログラマーの10倍のスピード」と驚く、登の驚異的な情報処理能力や、登山やテレビゲームなどからもアイデアを見いだす姿を紹介する。 「簡単に諦めてしまうことが、もっともけしからんのです!」
オリコンの2020年ブレイク女優ランキングで上位を獲得した松本まりか。2000年、NHKドラマ愛の詩「六番目の小夜子」でデビュー。その後、数々のドラマ・映画・舞台などで女優として実績を積んだ彼女は、2018年に放送されたテレビ朝日金曜ナイトドラマ『ホリデイラブ』の演技で世間の注目を浴びた。松本まりかのファン層は圧倒的に女性だ。徹底的に役になりきることを信条とし、そのためには決して妥協をしない姿勢が、多くの女性に支持されている。リアルさを追求するために、自ら顔や手を泥で汚し演じたゾンビ役や、監督の難しいリクエストに変幻自在に応え、鼻をほじってみせた太々しい殺人犯役など、密着取材中に何度もその瞬間に立ち会うことができた。そんな彼女がプライベートで立ち寄った家具工房でふと見せた涙。今、世間の注目を浴びているからこそ、興味を持たれなくなることへの恐怖が常にあると言う。番組では、女優・松本まりかの「本気」を垣間見るべく、ドラマ、雑誌、プライベートの様子などを取材。次から次へと役を渡り歩く、目紛しい毎日の中で見せる彼女の本気は、見る者の心に必ず響くことだろう。 今、必要とされる女優。その"心"を覗いてみよう。
年間250日以上、北海道を車で移動しながら野生動物を撮り続ける男がいる。上田大作、43歳。徹底的に現場に張り付く撮影スタイルを主としているため、その地の天候や風を常に感じられるようにと車で寝泊まりしている。朝日が昇る前から森の中に入り動物散策をはじめる上田だが、撮影にあたり大事なことは"想像力"と話す。動物の生態やこれまでの経験を踏まえ食痕や足跡、動物の鳴き声など数少ないヒントを察知し、五感を研ぎ澄ませて至極の瞬間をカメラにおさめていく。 27歳で勤めていた会社を退職し、北海道で撮影をはじめて今年で14年目。これまでにヒグマ、キタキツネ、エゾシカ、モモンガ、オオワシ、シマフクロウなどの野生動物の撮影を行なってきたが、今年はアメリカの国鳥として知られるハクトウワシ1羽が根室市の温根沼(おんねとう)に現れた。ハクトウワシは去年、日本本土で初確認されたばかり。番組では、大空に舞うハクトウワシの姿を捉えるため、孤軍奮闘する上田の姿を追いかけた。 極寒の中に輝く命の機微を伝えるために高みを目指す...。その覚悟と生きざまを見つめる。
今、巷ではコロナ禍でも密を避けて旅行が楽しめると「キャンピングカー」ブームが起こっている。そんなブームをけん引する男が岐阜県にいる。キャンピングカービルダーの藤井昭文だ。年間、約600台ものキャンピングカーを作り、半年以上待たないと手に入らないほどの評判。昨年には、日本一のキャンピングカーを決めるアワードで大賞を受賞した。 藤井が手掛ける車には、メイドインジャパンの手作業による心地よさが凝縮されている。 車内は、冬は暖かく夏は涼しくなるよう、壁や天井の裏に断熱加工が施され、家具も、怪我をしないように曲線をつけて木材を加工していく程のこだわりぶり。 さらに座席や家具の配置も、快適に過ごせるよう、ミリ単位で計算している。 常に新しいキャンピングカーを生み続ける藤井は今年、新作に取り組もうとしていた。それは「ペットと一緒に旅ができるキャンピングカー」近年、ペットと共に旅をする人々が増えているのだ。藤井は早速、ユーザーたちにアイデアを求めに行くことに。 「いつまでも少年のような気持ちで遊び続け、みんながワクワクするものを生み出し続けたい」そう語る藤井は、一体どんな新しいワクワクを見せてくれるのだろうか―。
第164回芥川賞。その候補の中に、ひとり、ミュージシャンの名前があった。 ロックバンド"クリープハイプ"のフロントマン、尾崎世界観。バンドでは、作曲と作詞を担当し、男女それぞれの視点で描かれる日常や恋愛、押韻や比喩を用いた表現は、時に文学的と高く評価されてきた。候補となった小説「母影」(おもかげ)は、母と暮らす生活を少女目線で書いたもの。1年をかけて書き連ね、コロナ禍で完成させた渾身の作品だったのだが...。昔から「人間の内側に入っていくような小説が好き」と言う尾崎。でもなぜ、自ら小説を書くようになったのか...。そして今、表現者としてどんな世界へ向かっているのか...。 番組では、芥川賞の候補となり多忙を極める日々から、思い出のライブハウスでメンバーと共に迎えた発表の瞬間、新たな曲作りにも密着。さらに、福島では、憧れの作家・柳美里と初対面。芥川賞をはじめ、全米図書賞(翻訳文学部門)も受賞し、国際的な評価を受ける柳は、尾崎の書籍を読み込んで待っていた。果てしない言葉の表現に、時にぶれながら、時に確固たる、尾崎ならではの世界観に迫った。