言わずと知れたパン激戦区、神戸。そこで89年間、愛され続けるパンがある。フロイン堂の食パンだ。しっかりとした外側とは裏腹に中はふわっと軽く、また、鼻に抜ける小麦の香りが実に香ばしい。 そんな絶品を作っているのは、去年米寿を迎えた竹内善之。フロイン堂の2代目店主だ。今も店の厨房に立ち続ける88歳は、先代からの製法と味を守り続けている。 生地はミキサーを用いてこねるのが一般的だが、竹内は全て手でこねる。手から伝わる、粘り気や硬さ、温度などの繊細な情報を基に、こねる時間や水分量を調整して最高の生地を作り上げていく。 そしてもうひとつ。竹内の食パンで欠かせないもの、それがパンを焼く窯だ。戦争でも阪神淡路大震災でも壊れることなく、今なお現役の、通称「奇跡の窯」。竹内の相棒だ。竹内の手によって育てられた生地を、最高の食パンに焼き上げてくれる。 そんな「古き良き」を守り続ける竹内だが、休日はパソコンの前に座り同世代の友人たちとリモート会話を楽しむ意外な横顔も―。 「パン作りは私にとってラジオ体操みたいなもの。毎日かかさずやり続けるんです」 そう笑う88歳現役パン職人を追いかけた。