「衣にくっつけて油の中に放り込んだらおしまい」。早乙女がこう語るように、天ぷらは極めてシンプルな料理だ。しかし、そのなかで、ひとつひとつの工程をいかに深く掘り下げ、素材の風味をギリギリまで引き出すか。そこに、早乙女の本当の闘いがある。 例えば、キス。鍋に入れてから2分、全体に熱が通り、揚げたくなる頃合いだ。しかし、早乙女は揚げない。何度も何度もキスをひっくり返し、ギリギリまで水分を抜いていく。キスは水っぽい魚だけに、長く揚げることで余分な水分を抜ききり、素材本来の繊細な風味を浮かび上がらせるのだ。 一方、エビは、一転して短期決戦を仕掛ける。狙いは、エビの甘み。通常180度で揚げるところを220度まで火力を上げて、23秒前後で一気に揚げる。そうすることで中心だけはレアに保ち、また、温度を人間が最も甘みを感じやすいとされる45度に仕上げる。 早乙女の手法は、一歩間違えれば、失敗につながりかねない、限界ギリギリのものだ。キスはわずかでも揚げ過ぎれば風味まで消えてしまうし、エビは早く揚げ過ぎれば、生臭さが残ってしまう。しかし、素材を熟知し、ギリギリの崖っぷちを攻めることで、最大限の旨(うま)みを引きだすのが早乙女流だ。その手法に、料理評論家の山本益弘さんも舌を巻く。 「昔は生で食べるのが一番いい、その次に焼いて食べる、煮て食べる、天ぷらなんて魚が傷んだものを揚げて食べるとみんな思っていたがとんでもない。最高の食材を生以上のものに仕立てるということを初めて教えてくれたのは早乙女さんです。私が40年間で出会った最高の天才です」。