舞妓が朝一番に向かう場所がある。舞妓専門の美容室だ。舞妓はカツラを用いず、地毛で髪を結うのが習わし。その髪型は、舞妓の重要な要素である「おぼこさ(幼く、かわいらしいこと)」を表現する上で欠かせない。しかも一度結うと、洗髪することなく、1週間はもたせないといけないため、その髪結いには熟練の技が求められる。 そんな舞妓の髪を結い続けて65年の髪結い師が芦田須美(83)だ。京都で5つある花街のひとつ、宮川町で最も多くの舞妓を顧客に抱える名人だ。 用いるのは、びんつけ油とこより。芦田には、油を極力使わないというこだわりがある。油を多くつければ髪はまとまりやすい一方で、髪結い後に舞妓が日々行う手入れは煩わしくなる。髪をただ結うだけではなく、舞妓のためになりたい、という芦田ならではの気配りだ。 しかも、その手は、まるで“意思”を持っているかのようにサッサと動き、舞妓の髪をあっという間に結い上げていく。舞妓の日本髪は、立体的で難しい造形にもかかわらず、やり直しは、ほとんどない。 「何も考えず結ってるんですけど、手が覚えてんのか、手が勝手に動いていきます。だいたい一発でいきますね。長年の“アレ”でしょうね。やっぱり一生懸命、結っているんです。」 舞妓を送り出すとき、芦田が決まってかける言葉がある。「いってらっしゃい。」これから始まる、舞妓の長い一日にエールを送るのだ。