天正16(1588)年の7月、秀吉は百姓、町人に対し刀狩り命令を発した。五右衛門とりゅうも役人に刀や槍を没収されたが、「刀狩りは明に攻め込むための武器集めや」とおせんに言われ、怒った五右衛門はおたきやたからと秀吉の居城・大坂城へと乗り込む。秀吉は利休の屋敷で茶々とたま(細川ガラシャ)を対面させた。