<ラインナップ> 義稙が10代将軍に就任。しかし、日野富子を管領・細川政元によるクーデターが起こり、義稙は追放されることに。 ●1490年 足利義稙が10代将軍に就任。しかし翌年には義政の弟・義視が死去したことで後ろ盾を失う。 ●1493年 大名・細川政元が10代将軍・義稙の追放を企てる。クーデター「明応の政変」が起こり、細川政元は清晃を還俗させて、11代将軍候補として擁立。 ●一連の出来事を背景にして、足利将軍家の権威は失墜していく。京では細川氏が政治の実権を握ることに。逆に、地方にいた守護大名達は、自分たちの領地支配に集中し力をつけていく。こうして戦国時代の下地が出来上がっていく。 ●1494年 還俗した清晃は、足利義澄として11代将軍に就任。 ●1496年 日野富子死去。 <内容> 10代将軍に就任した足利義稙の政治は父親に支えられていましたがその父親が亡くなると後ろ盾を失った10代将軍・足利義稙は、ある行動に出ます。どんな行動をとったのでしょうか?そして、幕府のNo.2だった細川政元は10代将軍・義稙を追放するためクーデターを起こします。一体なぜ?一方、関東は戦乱が続いており、その中で伊勢宗瑞(北条早雲)が台頭します。近年の研究で明らかになってきた伊勢宗瑞の人物像とは?今回は、まさに戦国時代目前の日本の動きを紐解きます。