『#23 鎌倉幕府の崩壊−御家人の不満と広がる内乱−』 後醍醐天皇は幕府を倒そうとするが、計画が事前に漏れ失敗。1331年に再び倒幕の兵を挙げたがこれも失敗して隠岐島に流されることに。その後、楠正成や足利尊氏らは天皇に味方して京都の六波羅探題を制圧、新田義貞も兵を挙げて鎌倉を攻め、1333年ついに141年に渡る鎌倉幕府が崩壊となる。