憲法と家庭裁判所ー三淵嘉子からのメッセージー

昭和11年改正弁護士法が施行され、女性にも弁護士の門戸がひらかれ、三淵嘉子は昭和15年女性初の弁護士となりました。大正デモクラシーの影響や市川房枝たちの活動が後押ししました。戦後日本国憲法が施行され、昭和24年嘉子は裁判官になり、昭和47年には女性初の家庭裁判所長となりました。嘉子は少年法の基本理念である、少年の健全育成を貫いた裁判官でした。審判を担当した少年は5000人で多くを更生に導きました。

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