昔、埼玉の比企(ひき)の高坂という所に、怠け者の長太という百姓がおったそうな。 長太は毎日子供らに小博打をけしかけて遊んでおり、自分の田んぼの田植えをしようともせんかった。この辺りでは、川越の殿様の田畑見回りまでに田植えが済んでいなければ、お咎めで道普請の労働に行かなければならなかったそうじゃ。 じゃが、「あくせく働くのは嫌なこった。」と、その日も長太は田んぼの畦で怠けておった。するとそこへ、鐘を鳴らしながら一人の坊様が通りかかったそうな。早速長太は無理やり坊様にインチキ博打をけしかけた。勝負はもちろん長太が勝ち、負けた坊様に自分の田んぼの田植えやらせておいて、長太は一旦家に帰った。 しばらくして、長太が美しい妻を連れて田んぼに戻ってみると、一坪を残して田植えが済んでおり、坊様の姿は消えておった。長太が不思議に思っておると、また鐘の音が聞こえてきて、さっきの坊様が通りかかった。 長太はまた坊様に博打をけしかけたが、絶対勝つはずのインチキ勝負に長太は負けてしもうた。その上、坊様の体が次第に重くなってきて、長太は坊様の下敷きになって動けなくなった。 長太がふと目を覚ますと、長太は田んぼの畦でお地蔵様の下敷きになっておったのじゃった。なんとかお地蔵様の下から這い出し、自分の田んぼを見ると、一坪残して田植えが済んでおる。「夢の中に出てきたお地蔵様が田植えをしてくれたんじゃ!」と、喜んだ長太は家に帰って妻にそのことを話したそうな。 ところが妻はかんかんに怒っておった。実は、長太が畦で昼寝をしておる間に妻が田植えをしてくれておったのじゃった。坊様も美しい妻も全て夢だったのじゃ。残りの一坪は亭主のお前が植えろと妻に怒鳴られて、長太はしぶしぶ田植えをしたそうじゃよ。 その後長太が真面目に働くようになったかどうかは分からないが、夢の中に現れたお地蔵様は、今も高坂の田んぼの畦に立って、皆が働くのを眺めていらっしゃるということじゃ。