江戸幕府2代将軍、徳川秀忠。 偉大なる父・家康のようなカリスマ性はなく、 目立った武功をあげることも出来ず、 隠居したはずの家康に幕府の実権を握られていたため、 長きにわたり“ダメな二代目”という烙印を押され続けてきた。 しかし、本当に秀忠はダメな二代目だったのか? 組織において初代の功績を引き継ぐ二代目は非常に重要… 秀忠の知られざる功績なくして、江戸幕府は15代も続かなかったのである! 天下分け目の大勝負・関ヶ原の戦いの遅刻して家康から大目玉! しかも三男だった秀忠が2代将軍になれた意外な理由とは? 大御所となった家康の“操り人形”だったといわれる秀忠だが、 幕府の安寧のためにあえて道化役を演じていた!? 江戸と駿府、二元政治の驚きの真相とは? 家康の死後、大人しかった秀忠が豹変! 苛烈な大名統制を断行して諸大名を震え上がらせたが、 これには深―いワケが… 260年以上続く江戸幕府の土台を築いたのは、実は秀忠だった!?