憧れの高級魚「ふぐ」。縄文遺跡からふぐの骨が見つかるほど、日本人は古くからふぐを食べてきた。ふぐは、身が固く、脂肪もほとんどない珍しい食材で、海外では見向きもされない。一つ間違えば、毒にあたり、命を落とす危険もある。しかし、日本人は、ふぐの白身に秘められるうま味に取り憑かれ、死と隣り合わせの美味を味わってきた。 その成果のひとつがふぐ刺し。料理人はぎりぎりまで薄く引き、身の固さを歯ごたえの良さに様変わりさせる。下関の職人たちは、切磋琢磨の中から特別な技も生み出した。さらに、ふぐ鍋。身を固くさせるコラーゲンが熱でプリプリの食感に変わり、うま味に彩りを添える。 ふぐのおいしさを追い求める歴史は、一方で、毒との戦いでもあった。ふぐは食いたし、命は惜しし。ふぐ食べたさに迷信にすがった庶民。せっかく集めた大軍勢の力を、集団ふぐ中毒で削がれた豊臣秀吉。毒におびえながら食べた一夜を句にしたためた松尾芭蕉。明治に入り、ふぐ解禁のために、伊藤博文がうったと伝わる一芝居。滑稽にまで見える情熱は、現代科学では解明できない不思議な毒消しの知恵をも生み出した。 白身魚の美味しさを極める中、一分の隙もないまでに高められた日本人の食文化に迫る。