大正末期の北国--吹雪をついて機関車が進む。轟音を発し、なだれを浴びた機関車は断崖に転落した。橋本機関手の助手をつとめていた岩見浩造にとって、この事件は、彼の一生を決定した。列車の安全運転に生涯をかけようというのだ。浩造には佐久間太吉という親友がいた。二人は東鉄教習所の試験を受けた。失敗した浩造は、黙々と山間の機関士を務めた。その間、石巻の漁師の娘ゆき子と結婚、長男忠夫が出生した。世の中は満洲事変、日支事変、やがて大東亜戦争へと移り変った--家族は次男静夫、三男孝夫、長女咲子と増えた。父と同じ盛岡機関区に勤務する忠夫は出征した。静夫は東鉄教習所に見事パス。父の運転する列車で東京へ向った。孝夫は予科練に入隊した。その頃、忠夫の戦死公報が入った。咲子は親の反対を押切って、徴用工田辺と家を出た。浩造とゆき子には心痛が続いた。静夫は太吉の娘芳江と結ばれ、久しぶりに明るい表情が浩造夫婦に戻った。昭和三十年--浩造の機関士生活も三十年を教え、髪も雪のように白くなった。田辺に捨てられた咲子も名古屋の製材所で働く神崎との新生活に再出発した。東京に出たまま行方がわからなかった孝夫が戻って来た。彼はみるかげもなくやつれ、数日後、短い一生を終った。新橋駅長になって帰郷した太吉は、浩造と想い出の岩手山を訪れた。鉄道記念日の日浩造は国鉄から功績章を受けた。晴れの授賞の日に老妻ゆき子と二人で盛岡を出発した。功績章を胸につけた浩造は、ゆき子と静夫の運転する“こだま”に乗って名古屋に向った。そこには元気な咲子が待っていた。鉄道生活三十年--雪と汗と油にまみれた。喜びも悲しみも機関手一筋に生き、鉄路を愛してきた浩造を、故郷の山河は暖く迎えた。そして明日への決意を新たにした。
Name | |
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Hideo Sekigawa |
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