さざなみ薬局は西銀座駅前、スキヤ橋センター商店街の一劃にある。理子夫人は薬剤師で、旦那の重太郎氏は夫人の尻に敷かれっぱなしの恐妻家、他に子供が二人ある。重太郎には奇病があった。昔、彼が南方戦線で奮戦中、ふとしたことからチャリ島に漂流し、原住民の娘サリーと束の間の恋をした。その楽しい幻想が、時々現実と混乱してしまう。という病気で、不思議なことにサリーの顔が、前の万年筆屋店員ユリにそっくりだった。重太郎の親友で獣医の浅田は、精神的糞ヅマリ症で浮気が唯一の薬と診断した。ある日理子は浅田夫人のヒサと湘南の海浜に遊びに出かけた。二晩の自由を得た重太郎は、浅田にけしかけられて、浮気をしようと思った。ところが、彼の脳裡には理子の怒った顔がちらつき、店員や外交員には馬鹿にされ、くさりきっていた。遂に、堪忍袋の緒を切った重太郎は、その夜、浅田とフランク・永井の出演するバーABCなどで、泥酔した。そして失敗の連続の末、バーからつまみ出されてしまった。通りかかったユリは、彼を介抱して家まで連れかえった。それをみた浅田は、また重太郎を煽動するのだった。ユリからの電話を幸に、浅田の書生栗田から恋の手ほどき--腹一杯御馳走して欲しがるものを買ってやり、モーターボートに乗って東京湾に出て後はエンジンが故障して……。を教わった。筋書は成功したが、一方ユリ--実は理子から頼まれてた重太郎の監視役--は彼の善人ぶりをみて、だんだん好意をもつようになった。今やクライマックスというときに、一天俄にかき曇り、ボートは仲へ沖へと流された。何時間かの後、二人は眼をさました。そこは熱帯樹の繁茂する南海の孤島らしかった。まんじりともせぬ一夜が明けた。翌朝、裸の子供たちをみつけて後を追った。そこでみつけたのは、なんと「湘南熱帯植物園」の立札だった。偶然にもそこの隣に理子たちがいるではないか。台風のため、安否をきづかって来てくれたと早合点した理子は、重太郎を固く固く抱しめた。ユリの報告では、よろめきは重太郎ではなく、ユリ自身であるとしてあった。そして、理子は重太郎をつくづくと見直した。
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