清水豊松は高知の漁港町で、理髪店を開業していた。家族は女房の房江と一人息子の健一。決して豊かではないが、家族三人理髪店でなんとか暮らしてゆく目鼻がついた矢先、戦争が激しさを増し豊松にも赤紙=召集令状が届く。豊松が配属されたのは、外地ではなく、本土防衛の為に編成された中部軍の部隊だったが、そこで彼は、思いもよらない過酷な命令を受ける。 終戦。......豊松は、やっとの思いで家族のもとに戻り、やがて二人目の子供を授かったことを知る。平和な生活が戻ってきたかに思えた。しかし、それもつかの間、突然やってきたMP(ミリタリーポリス)に、従軍中の事件の戦犯として逮捕されてしまう。そして待っていたのは、裁判の日々だった。 「自分は無実だ!」と主張する豊松。だが、占領軍による裁判では、旧日本軍で上官の命令がいかに絶対であったか判事には理解されず、極めて重い判決が下る。妻の房江は船と列車を乗り継ぎ、遠く離れた豊松の元を訪れる。逮捕後に生まれた初めて見る娘の直子、妻・房江の泣きそうな顔。そして気丈にふるまう健一。豊松は「帰りたいなぁ......みんなと一緒に土佐へ。」と涙を流し語りかける。無実を主張する豊松は、同房の囚人たちとアメリカの大統領に向けて減刑の嘆願を始めていた。やがて結ばれる講和条約で釈放される。誰もがそのことに希望をつないでいた。一方、故郷の高知に戻った房江は、来る日も来る日も必死の思いで嘆願書の署名を集めるのだった。ただ、豊松の帰ってくる日を信じて......。
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