<昭和14年(1939)5月〜9月> ・日本軍が重慶爆撃を本格化 ・満洲・モンゴル国境で軍事衝突「第一次ノモンハン事件」 ・関東軍とソ連軍が本格戦闘「第二次ノモンハン事件」 ・ノモンハンにてソ連軍が総攻撃を開始 ・ノモンハン 停戦 <内容> 昭和14年(1939)5月、満洲帝国とモンゴルの国境線を巡り、日本の関東軍とソ連軍が大規模な軍事衝突を起こしたノモンハン事件。お互いに自国の領土ではない関東軍とソ連軍が、数万の兵力を投入し、双方とも2万人もの死傷者を出した戦いはなぜ起こったのか。そしてその結末とは。ノモンハン事件では陸軍の問題点がいくつも明らかになったものの、それが改善されることなく太平洋戦争に突入し、同じ失敗を繰り返したとされる。ノモンハン事件で浮き彫りになった問題点とは。同じころ、陸軍は中国で天津のイギリス租界を封鎖する行動を起こす。この強硬策はイギリスだけでなくアメリカの反発を買い、日米通商航海条約の廃棄を通告。日米関係はさらに悪化することになる。