<昭和13年(1938)1月〜7月> ・「中華民国維新政府」を樹立 ・ドイツがオーストリアを併合 ・「国家総動員法」を公布 ・最大の戦い「武漢攻略戦」 ・満洲・朝鮮・ソ連の国境で「張鼓峰事件」 <内容> 今回は日中戦争を優勢に進める日本が、中国に対して強硬姿勢を強めていく様子を中心に紐解く。昭和13年1月、それまで日中戦争と並行して蒋介石の和平交渉を進めていた日本政府だったが、近衛文麿総理が「国民政府を対手とせず」との声明を発表し和平交渉を打ち切る。強硬な態度を示した総理の思惑とは?また、昭和13年4月「国家総動員法」が公布。政府による国民の統制が強まる。国民生活はどのように変化したのか?そんな中、昭和13年7月には満洲・朝鮮・ソ連の国境で日本軍とソ連軍が衝突する「張鼓峰事件」が勃発。日ソ両軍がとった対応とは?